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2010年3月13日土曜日

石窟庵と仏国寺(韓国)

慶尚北道慶州市、吐含山の山頂近くにある石窟庵は、仏国寺とともに、統一新羅の宰相であった金大城によって造営された。751年、金大城は前世の父母のために石仏寺(石窟庵)を、現世の父母の為に仏国寺の建立を開始したと言われている。石窟庵は1909年に郵便配達員によって偶然発見された。インドや中国の石窟寺院のように自然の岩壁に穿(うが)たれたものではなく、花崗岩を積み上げた人口窟で、建築、造像とともに緻密な幾何学的計算に基づいて造られた。方形の前室と円形の主室からなり、主室の中央には約1,8mの台座上に像高3,45mの如来像が安座する。窟内には38の尊像が浮彫で施され、新羅の仏教芸術の頂点に立つ傑作と言われる。

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