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2010年2月28日日曜日

テ・ワヒポウナム(ニュージーランド)

テ・ワヒポウナムは、ニュージーランド南島を北東から南西に縦断する山脈のサザン・アルプス沿いに位置する4つの国立公園と多くの保護区からなる。急峻な山岳や氷河、フィヨルドの切り立った断崖といったダイナミックな景観が展開する地域である。ナンキョクブナが生い茂る原生林など、太古からつながる貴重な生態系が残っており、国鳥キーウィを始め、ダカヘ、フクロオウムなど多くの固有種が見られる。標高3,756mのマウント・クック【マオリ名アオラキ(写真中央)】を中心に高峰が連なるアオラキ/マウント・クック国立公園では、南半球最大規模のタスマン氷河や、ミューラー氷河など多くの氷河が見られる。

2010年2月23日火曜日

ペトラ遺跡(ヨルダン)

古代ナバタイ王国の都ペトラは、砂漠の交易路の要衝にあり、岩山に守られた要塞でもあった。商才に長けたナバタイ人は、土木技術や芸術にも優れ、巨大な岩壁の砂岩を刻んで壮麗な建造物をつくり、高度な水利技術を用いて砂漠の町に水を供給していた。紀元前1世紀頃から栄えていたが、後1世紀初頭にはローマ帝国に征服され、ローマ風の建造物も並んだ。その後、交易路が変わると、徐々に衰退し、4世紀頃には忘れ去られ、ついには砂に埋もれてしまった。
ちなみに、映画『インディー・ジョーンズ最後の聖戦』の舞台に使われたことでも有名。

2010年2月20日土曜日

モン・サン・ミシェル(フランス)

708年司教オベールの夢に大天使ミカエル(フランス語名ミシェル)が現れ、当時陸続きだった岩山に「礼拝堂を建立せよ」と告げたという。オベールがお告げに従うと、岩山は一夜にして海に沈み孤島になったという。以来、島は聖地となり、巡礼者が多数訪れるようになった。ノルマンディの海に浮かぶ、要塞のようなモン・サン・ミシェルはこうして誕生した。966年、ノルマンディー公リチャード1世がこの島にベネディクト会の修道院を創設した。修道院は増改築を繰り返し、現在の形になったのは13世紀のことである。14世紀の100年戦争では、城塞に使われ、修道院は閉鎖されたが、16世紀に復活。フランス革命後は監獄となったが、現在は再び、修道院に復している。

2010年2月16日火曜日

知床(日本)

知床として世界遺産に登録されたのは、北海道東端に位置する知床半島の陸域と、知床国立公園に隣接する海域(海岸線から3km)、総面積711k㎡(そのうち海域が224k㎡)である。知床はアイヌ語で『土地の先端』を意味し、最高峰の羅臼岳(1661m)を始め、硫黄山(1562m)など、標高1500m級の火山群が縦走し、針葉樹や、落葉広葉樹の原生林が広がる。また、オホーツク海の北辺で生まれる流氷が接岸する世界最南端の地であり、流氷が運んでくるオキアミなどの豊富なプランクトンによって、海陸で豊かな動物相を形成している。

2010年2月7日日曜日

オペラハウス(オーストラリア)

1973年に完成したシドニーのオペラハウスは、世界遺産のリストの中で年代的に最も新しいが、形状、構造ともに独創的な建築として高く評価されている。設計は、当時ほとんど無名であったデンマークの【ヨーン・ウッツォン】が手がけ、その独特な形状ゆえ、施行での困難がつきまとい、竣工には、14年の歳月を要した。シドニー港に突き出した岬の先端に位置し、風をはらんだ帆を思わせる外観は、シドニーのランドマークとなっている。ちなみに、中は、コンサートホール、オペラ劇場、ドラマシアター、レストランなどの複合施設となっています。

2010年2月6日土曜日

マチュ・ピチュ(ペルー)

マチュ・ピチュ(ケチュア語で、「年老いた峰」の意)は、標高2400mのアンデス山中、ウルバンバ渓谷の山間に広がるインカ帝国の都市遺跡である。16世紀に、インカの諸都市はスペイン人によって徹底的に破壊されたが、ここは険しい峰の上に築かれていたため、その難を逃れることができた。
1911年、アメリカの歴史学者ハイラム・ビンガムが、欧米人として初めてマチュ・ピチュに到達。山裾からは見えないことから「空中都市」と呼ばれ、世界中に宣伝された。

2010年2月5日金曜日

カナディアン・ロッキー山岳公園(カナダ)

ロッキー山脈は、北はカナダのユーコン・テリトリー南西から、南はアメリカ合衆国南西部まで、全長4500kmに達する大山脈である。そのうちカナダ国内にある南北約1500kmが【カナディアン・ロッキー】と呼ばれ、最高峰は標高3954mのロブソン山である。荒々しい地層、白い雪を頂く峰々、緑濃い針葉樹林、青く穏やかな氷河湖などが、カナディアン・ロッキーの魅力である。

2010年2月4日木曜日

コパンのマヤ遺跡(ホンジュラス)

グアテマラのキリグア遺跡とともに、モタグア川流域を代表する都市国家であるホンジュラスのマヤ遺跡。コパン(地名)を5~8世紀頃の間、支配し繁栄したこの王朝は、9世紀前半に自ら築いた衛星都市【キリグア】に滅ぼされた。
これまでの発掘調査によって、祭祀用の大広場とアクロポリスを中心に、球戯場やピラミッドなど、マヤ文明の特徴を持つ建造物や多彩な石造彫刻などが、多数発見された。
アクロポリスの北側にある【碑文の階段】には、アメリカ大陸で最長の【マヤ文字】の碑文が刻まれ、そこには王朝の歴史が綴られている。

2010年2月3日水曜日

ギザの三大ピラミッド(エジプト)

紀元前2500年頃、第4王朝第2代クフ王の時代に、高さ135m、底の一辺が230m、重さ約2.5tの石を約230万個も積み上げ、当時最大のピラミッド【クフ王のピラミッド】(奥)が建設された。
内部には、大回廊やファラオ(王)の間、地下の間などと、呼ばれる空間があるが、実際には、どのような目的で造られたかは、正確にはわかっていない。
その後、【クフ王のピラミッド】の隣には、現在最も高い【カフラー王のピラミッド(142m)】(中央)と、王妃のピラミッドが併設された【メンカウラー王のピラミッド(67m)】(手前)が建ち並び、合わせて【ギザの三大ピラミッド】と呼ばれている。
ちなみに、画面には映し出されていませんが、守護神として有名な【スフィンクス】は、【カフラー王のピラミッド】の直線上にあります。

2010年2月2日火曜日

ピサの斜塔(イタリア)

イタリア、ピサの旧市街のはずれにあるドゥオモ広場には、イタリアのロマネスク及びゴシックの建築を代表する4つの建築物(大聖堂、鐘楼、洗礼堂、納骨堂)が緑の芝生の中に建ち並ぶ。その中でも、大聖堂の東側の鐘楼が有名な【ピサの斜塔】である。1175年から約170年かけて建てられたこの建物も、建築途中から軟弱な基盤のために、傾き始め、近年の工事で、ようやく傾きは止まった。ピサの斜塔にまつわる歴史話として、アイザック=ニュートンと、ガリレオ=ガリレイが、引力の実験をしたとか、しないとか、後世の作り話とか、事実とか、ホントのところは、何もわかっておりません。(_ _)